次の20年に向け基本法改正へ 食料安全保障確立 持続可能な農業へ転換
わが国農業の大きな方向性を示している「食料・農業・農村基本法」。制定から20年余りが経過し、農業を巡る情勢が大きく変化するなか、農水省の食料・農業・農村政策審議会では、次の10年、20年を見据えた新たな基本法の策定に向け、令和4年9月に基本法検証部会を設置。検証・見直しの議論を進め、令和5年9月に答申を取りまとめた。基本理念に「国民一人一人の食料安全保障の確立」や「生産性の高い農業経営の育成・確保」などを掲げ、次期通常国会での法改正を目指す。
食料・農業・農村基本法(以下、現行基本法)は、農業基本法(以下、旧基本法)制定後の急速な経済成長と国際化の著しい進展等に伴う農業生産の停滞や農村活力の低下、農業・農村に対する国民の期待の高まりなどを背景として、農業の発展と農業者の地位向上を目的とした旧基本法に代わり、国民から求められる農業・農村の役割を明確化し、その役割を果たすための農政の方向性を示すものとして平成11年に制定された。
現行基本法の制定から約20年が経過し、わが国の食料・農業・農村は、制定時には想定していなかった、又は想定を超えた情勢の変化や課題に直面。途上国を中心として世界人口は急増し、食料需要も増加する一方、気候変動による異常気象の頻発化や地政学リスクの高まりにより、世界の食料生産・供給は不安定化している。
また、国内農業に目を向けると、農業者の減少・高齢化や農村におけるコミュニティの衰退が懸念される状況が続くなか、2009年には総人口も減少傾向に転じ、国内市場の縮小は避けがたい課題。加えて、SDGs(持続可能な開発目標)の取組・意識が世界的に広く浸透し、自然資本や環境に立脚した農業・食品産業に対しても、環境や生物多様性等への配慮・対応が求められ、今や持続可能性は農業・食品産業の発展や新たな成長への重要課題として認識されるに至っている。
こうしたことなどから、基本法検証部会は、令和4年10月から令和5年5月の8カ月間で合計16回開催し、現行基本法制定後の約20年間における農業構造の変遷や国際的な議論の進展等の情勢の変化、それを踏まえた政策の検証及び評価や今後20年程度を見据えた課題を整理。更に、これらを踏まえて見直すべき基本理念や基本的な施策の方向性について、集中的に議論を行い、令和5年5月に中間取りまとめを公表した。
その後、全国11ブロックで地方意見交換会を実施するとともに、ウェブサイト等を通じた国民からの意見募集を行い、広く国民の声を聴きながら、最終取りまとめに向けた検討を実施。そのうえで、食料・農業・農村政策審議会の考え方を答申として取りまとめた。
基本理念には、①国民一人一人の食料安全保障の確立②環境等に配慮した持続可能な農業・食品産業への転換③食料の安定供給を担う生産性の高い農業経営の育成・確保④農村への移住・関係人口の増加、地域コミュニティの維持、農業インフラの機能確保―の4つを掲げている。
①では、国民の視点に立って、食料安全保障を、不測時に限らず、「国民一人一人が活動的かつ健康的な活動を行うために十分な食料を、将来にわたり入手可能な状態」と定義し、平時から食料安全保障の達成を図る。
②では、気候変動や海外の環境等の規制に対応しつつ、食料を安定的に供給できるよう、環境負荷や人権等に配慮した持続可能な農業・食品産業への転換を目指す。
③では、離農する経営の農地の受け皿となる経営体や、付加価値向上を目指す経営体が食料供給の大宗を担うことが想定されることを踏まえ、農地バンクの活用や基盤整備の推進による農地の集積・集約化に加え、これらの農業経営の経営基盤強化を図るとともに、スマート農業をはじめとした新技術や新品種の導入等を通じた生産性の向上を実現する。
生産性向上に向け環境整備
基本法見直しに向けた答申では、食料、農業、農村、環境の各分野別に主要施策を示している。このうち、農業分野について、主な施策のポイントをみてみたい。
基本的施策には、①個人経営の経営発展の支援②農業法人の経営基盤の強化等③需要に応じた生産④人材の育成・確保⑤スマート農業等の技術や品種の開発・普及、農業・食関連産業のDXによる生産性の向上―など14項目を挙げている。
①では、地域農業に欠かせない経営発展意欲のある個人経営について、今後も経営発展を支援するとともに、農地をはじめとした経営基盤が第三者を含め円滑に継承されるための対策を講ずる。
②では、離農する経営の農地の受け皿となる農業法人の経営基盤強化のため、経営を行ううえで標準的な営農類型ごとの財務指標の水準を整理し、効率的かつ安定的な農業法人像を明確化するとともに、その実現のための施策を実施。また、適正な価格形成を通じた経営発展・経営基盤の強化の観点から、原価管理を含めた農業者の経営管理能力の向上等を促進する施策を実施する。更に、集落における農業者の減少を見越し、集落営農組織の法人化を進める。
③では、国産農産物に対する消費者ニーズが堅調であるなど、輸入品から国産への転換が求められる大豆、加工・業務用野菜、飼料作物等について、水田の畑地化・汎用化を行うなど、総合的な推進を通じて、国内生産の増大を積極的かつ効率的に図っていく。また、米粉用米、業務用米等の加工や外食等において需要の高まりが今後も見込まれる作物についても、効率的に生産拡大及びその定着を図っていく。
④では、雇用確保や事業拡大、環境負荷低減や生産性向上のための新技術の導入等の様々な経営課題に対応できる人材の育成・確保を図るため、農業教育機関等における教育内容の充実・高度化や、農業者のリスキリングを推進。加えて、農業の発展や地域の活性化のため、女性農業者等の地域のリーダーの育成や、地域の方針決定における女性の参画を進める。
⑤では、スマート農業をはじめとして、生産性向上のために必要な技術や品種の開発・普及、これらに資するほ場の大区画化、情報通信環境等の基盤整備や人材育成、規格策定・標準化等の環境整備を推進。また、スマート農業等の先端技術の普及促進を図るため、これら技術を活用した作業代行等を提供する農業支援サービス事業体の育成・活用を進める。
更に、デジタル技術やデータを活用した生産性の高い農業経営を通じて、消費者ニーズに的確に対応した価値を創造・提供する農業を実現するため、農業・食関連産業のDXに向けた取組を進める。
また、これらの取組を通じ、生産から流通、販売におけるイノベーションを推進し、生産性向上を図っていく。
このほか、スマート農業や品種開発等、国際的な研究開発競争が激しい分野においては、産学官連携による研究開発の推進、研究開発型スタートアップの育成、民間の研究開発投資の充実を図っていく。