【新春特別インタビュー】川合豊彦技術総括審議官に聞く
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農業の生産性向上を推進 次期国会でスマート農業法制化目指す
今年は農政、そして農業の大転換点の年になるだろう。通常国会で、食料・農業・農村基本法の改正案が提出される見込みで、現行の基本法が策定されて以来四半世紀ぶりに改正されることになる。また、基本法の改正に合わせ、スマート農業の振興についても法制化される予定だ。スマート農業は、今後加速度的に進むとみられる人口減少のなかでも食料生産を維持・拡大させていく重要な切り札の一つと期待される。農政が新たな方向へ舵を切るなか、スマート農業について、農林水産省大臣官房技術総括審議官 兼 農林水産技術会議事務局長を務める川合豊彦氏に話を聞いた。
――これまでのスマート農業技術の動き、現状をどのように認識しているか。
「スマート農業は当初、手作業を機械に代えることで重労働の軽減や労働時間の削減などがクローズアップされてきた。例えば、これまで多くの労力がかかり梅雨や台風の時期には不幸な事故も起こっていた田んぼの見回りを、自動水管理システムにより家にいながらスマホで管理できるようになり、労働時間を8割削減できるようになった。また、アシストスーツにより軽労化が図られたり、酪農の現場では24時間の張り付きから解放されるとともに、乳量の確保等にも繋がっている。こうしたことは、雨やホコリに晒される屋外でも精密機械が動けるようになったことが大きい。これが最初のフェーズ」
「次のフェーズは、令和3年の「みどりの食料システム戦略」策定以降。戦略においては、生産性の向上と持続可能性の両立をイノベーションで実現することとしている。そうしたなかで、ドローンを飛ばして画像を解析し、ピンポイントで防除を行うといった形で生産性向上と環境負荷低減を両立できるという点に焦点が当てられた」
「その次のフェーズになるとみているのが、令和5年6月に取りまとめられた「食料・農業・農村政策の新たな展開方向」に基づき、通常国会への提出も視野に検討を進めているスマート農業の振興に関する法制度だ。現在(2023年)116万人いる基幹的農業従事者が、20年後には4分の1ほどにまで急速に減ってしまう。そうしたなかでも、食料を国民に安定的に供給する、更には輸出にも応えていくとなると、平場、中山間地域を問わず、スマート農業により生産性を上げていくことが喫緊の課題となってくる。人口減少下においても生産水準が維持できる生産性の高い食料供給体制を確立するためには、スマート農業技術は不可欠であり、迅速に現場に導入していかなければならない」
――スマート農業の社会実装に向け、実証事業を進めてきたがその成果は。また、そこからどのような課題を認識しているのか。
「令和元年から、スマート農業実証事業を全国217カ所で展開。その効果としては、例えばドローンによる農薬散布で平均61%、自動水管理システムで平均80%、直進アシスト田植機で平均18%作業時間を短縮できるなどが明らかになっている」
「一方で課題としてわかってきたのは、いくら機械を開発しても栽培現場が昔ながらのやり方をしていたのでは効果を発揮しないということ。例えばキャベツの場合、開発された収穫機をこれまでの栽培体系にそのまま導入したのでは、キャベツを傷つけてしまい上手く収穫できない。キャベツ収穫機に合った畝間に変えたり、地面から球の底まで距離のある品種に変えたりするなど、栽培のやり方を変えれば、機械の能力を最大限発揮することができるようになる。すなわち、スマート農業の普及に向けては、技術開発だけではだめで、栽培現場、あるいは流通・販売の方式もスマート農業技術に合った形に変わることが必要だ。また、稲・麦・大豆のような土地利用型農業を中心に機械開発が進められてきた一方、人手を頼りにしてきた野菜、果樹は難易度が高く、自動化技術の開発が遅れている。そうした部分については、国が重点開発目標を示した上で、特にスピード感をもって取り組まなければならない」
「スマート技術等の開発に向けては、農研機構を中心に産学官が連携して取り組む必要がある。農研機構は名実ともに我が国農業研究のトップ機関なので、そこにあるスーパーコンピュータや人工気象室、スマート農業技術用の実験ほ場など、そうした施設・機械を持てないスタートアップや農機メーカー、公設試などにも供用しながら、迅速な現場実装を図っていく」
「更にもう一つの課題として、スマート農業は知識がないと使えない、機械が高いため個人が所有して使うことが難しい、という点も挙げられる。我々としては、農業者にスマート農業技術を駆使したサービスを提供できる農業支援サービス事業体を育成し、全国で展開したいと考えている」
「この取組に関し、宮崎県での事例をご紹介したい。宮崎県はホウレンソウの大産地だが、以前はすべて手で収穫しており面積が拡大出来なかった。そこで、JA宮崎経済連が㈱ジェイエイフーズみやざきを立ち上げ取組をスタートした。機械で収穫できるよう大きく育つ品種に切り替え、土づくりは農家さんが、それ以外の種まき、防除、中耕除草は同社が委託した農業法人が、収穫は自社で行い、全て冷凍野菜として加工・販売している。食品事業者は材料がないと困るわけで、サービス事業体を自ら立ち上げるなどして産地を支えることで、原料を確保するといった取組が今後増えてくると考えており、こうした取組を今後育てていきたい。農林水産省では、生産者が自分に合った農業支援サービスを選べるよう、情報表示のガイドラインを作成し、準拠した事業者のリストを公表しており、現在71事業者が登録されている。今後はさらに増やしていきたいと思っており、令和5年度の補正予算において、農業支援サービス事業体の育成に10億円措置している」
――そうした課題に加え、スマート農業に適した基盤整備がまだ十分ではないとの指摘もあるが。
「仰るとおり、スマート農業の普及にあたっては適した基盤整備、例えばRTK―GNSS基地局など通信環境の整備やスマート農業機械が動きやすいほ場としていくことが重要だ。例えば自動操舵については、これまでは北海道で先行して導入が進み、比較的規模が小さい都府県では活用が限定的だった。そうしたなか、例えば宮城県では、内閣官房のデジタル田園都市国家構想推進交付金を使って県全域をカバーするRTK基地局の整備が進められている。こうした予算のほかにも、農林水産省としても農地耕作条件改善事業や、農山漁村振興交付金のうち情報通信環境整備対策などを措置しているので、地域農業のニーズに応じた通信環境の整備に活用して頂きたい」
――スマート農業の普及に向けた今後の方向性は。
「冒頭に述べたとおり、スマート農業の振興については、基本法関連法案として、通常国会への提出も視野に鋭意検討を進めている。その中で柱として想定しているのが、①スマート農業技術やそれに適した品種等の開発の加速②スマート農業技術の導入を前提とした栽培方法、流通・販売など関連する各段階での変革の促進――の2点。人口減少が急激に進展するなか、農業支援サービスの育成・普及を図りながら、これらにスピード感を持って取り組むための法制度としたい」
「それに先立ち、令和5年度の補正予算でも、産学官連携でのスマート農業技術等の開発や、栽培方式の変革に取り組む研究への支援などを措置しており、新年早々にも公募を開始して、現場への浸透をしっかり進めていく。その際には、研究開発の重点開発目標に繋がるような研究課題を提示し、現場と十分に意見交換しながら進めていきたい。生産などのやり方の転換は産地にとっても不安を感じるものであるため、スマート農業の導入に取組む産地が行う機械・設備の導入や技術開発に取組む事業者に対し手厚い税制措置が用意された。また、当初予算でも法制度に先立ち、技術開発や生産現場の転換への支援を大きく打ち出しているので、それらを基にしっかり進めていきたい。農林水産省だけでなく、オール霞が関で「農業現場で人口減少下でも食料を安定供給していく」ということを強くメッセージとして打ち出し、強力に実行していきたい」
――農機・農機業界への期待。
「農機メーカー・農機業界の皆様におかれては、現場のニーズに寄り添った研究開発はもちろんのこと、農業学習施設の取組やG7宮崎農業大臣会合でプロトタイプ機の展示など、様々な分野、機会で多大なご活躍、ご協力を頂いており、感謝申し上げる。わが国を取り巻く農業・食料事情は大きく変化しているなかで、みどりの食料システム戦略の実現やスマート農業の推進などにおいて、農機メーカー・農機業界が果たす役割は大きいと考えており、今後ともその活動を通じてわが国農業の発展をお支えいただきたい」。