【特別寄稿】農業機械革新の歴史を語る -6- =農研機構革新工学センターシニアアドバイザー 鷹尾宏之進=
農業を営む上で欠かすことのできない農業機械。時代ごとに現れる様々な課題を解決し、農家の「頼れるパートナー」としてわが国農業の効率化・農産物の高品質化に貢献してきた。そこで、農業機械の開発・改良を進めてきた農研機構革新工学研究センターの鷹尾宏之進シニアアドバイザーにその歴史を解説頂く。本紙では回を分けこれを紹介する。
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畜力で籾摺りも 大正末期ピークに発動機へ
1924年(大正13年)の農事試験場事務功程には、人力籾摺機の籾脱稃部主要部材が精白に及ぼす影響に関する試験が行われている。対象となる脱稃方式は土臼型、ゴム臼型、ゴムトース型、エボナイト型に分類され、ゴム臼は加工に適していたため多くの摺面の写真が残されている。
このように種類が多く専門的知識がないとその優劣を判別できないことから性能試験を行って農業者に情報を提供する比較審査が1921年(大正10年)から累計13機種で行われている。1927年(昭和2年)に行われた人力籾摺機比較審査では、摺臼の重さが約112㎏以下、摺面直径約60㎝以内、3人1組の作業者が1人づつ交替で臼を廻し、約60㎏の籾を摺落とすよう定められている。筆者が経験したことのない人力による籾摺作業中の写真が残っている。審査の結果は応募100台、入賞39台(うち、最上位の推薦には臼型21台、遠心力型1台)で臼の時代を表している。
なお、1935年(昭和10年)農事試験場概観によると「元当場技師広部氏が1911年(明治44年)に古来の土臼の代わりにゴム臼を考案して以来、ゴムを主要材料とした種々の脱稃機が発明されるに至った」との記載があり、既に土臼よりゴム臼が普及していたのではないかと思う。1935年度の動力籾摺選別機比較審査結果(応募34台、入賞26台。最上位の優8台は全て回転速度の異なる1対のゴムロールの間隙を通すことで脱稃するロール型)から、ロール型が急速に普及していったことが分かる。
廻行畜力機と称されるものに、平置式廻行畜力機と傘型の主柱式廻行畜力機(写真)がある。主柱式廻行畜力機は1902年(明治35年)発明されたという。籾摺や脱穀作業の写真に交替用の馬が待機しているのが面白い。その理由ともいえるのが1924年の農事試験場事務功程にある。従来の畜力機の槓棒は小さすぎて牽引能力を引き出せていないことを指摘した上で、いずれの畜力機に於いても牽引抵抗約55㎏で半径2.1m以下の試験では牛の進み具合が悪く10分以上の連続作業はできなかったからである。廻行式畜力機の利用拡大のため大豆粕削機と精米機を試みている。対象となる大豆粕盤とは、大豆を砕いて採油した後、直径約57㎝、厚さ約9㎜、重量約27㎏、平均水分14%の円盤状に固めたもので、当時は満州から肥料・飼料用に輸入されていたという。
牛を用いて廻行畜力機による切削を試みたところ、大豆粕盤中心部に近づくと槓棒廻行半径約3mでも牽引できず砕けない状態となったとの報告がある。
1928年(昭和3年)に動力大豆粕粉砕機比較審査(応募25台、入賞9台)が行われているが、畜力機は大正末期が全盛期で、昭和に入って発動機の普及とともに衰退していく。
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【鷹尾宏之進(たかお・ひろのしん)】
農学博士。1968年東京教育大学大学院農学研究科修士課程修了農業工学専攻。特殊法人農業機械化研究所入所、主任研究員、研究調整役、1995年農水省食品総合研究所食品工学部長、1997年生研機構基礎技術研究部長、2003年退職。2006年日本食品科学工学会専務理事、2018年農研機構農業技術革新工学研究センターシニアアドバイザーとして現在に至る。学会活動により農業機械学会功績賞、農業施設学会貢献賞を受賞、日本食品科学工学会終身会員。